「毎日生きているのにいつまでたっても上手く生きられない」

毎日ちゃんと生きているはずなのに、どうして私はこんなにも上手く生きられないのだろう──
そんな思いが胸の奥でゆっくりと重くなっていったとき、この言葉がふと浮かびました。

朝が来れば起きて、仕事や人間関係に向き合って、夜になれば疲れた心を抱えたまま眠る。
それを繰り返しているのに、どうしても“生き方”だけは上達しない。
同じところでつまずき、同じ後悔を抱え、同じ弱さに気づいてしまう。

でも、そんな自分を責め続けるのは、もうやめようと思ったのです。
人生は、練習すれば上手くなる種類のものではないのかもしれない。
むしろ、迷ったり、立ち止まったり、泣いたりしながら進むその不器用さこそが、
「生きている」ということの本当の姿なのだと気づきました。

この言葉は、完璧に生きられない自分を嘆くためではなく、
“それでも今日を生きた自分”をそっと抱きしめるためのものです。
上手くできなくても、ぎこちなくても、歩みが遅くても、
それでも続けている日々は、確かに私の人生を形づくっている。

生きることが上手くなくても、生きていていい。
その思いを、同じように迷いながら生きている誰かにも届けたくて、この言葉を残しました。

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